元巨人軍 桑田真澄|感動する話


元巨人軍のエースピッチャーとして活躍した桑田氏。
彼はPL学園の清原氏とKKコンビとして対戦相手から恐れられていた。

彼が名門野球部に入団したのには並大抵じゃない想いがあった。

今回は、彼のエピソードを紹介しよう。

11歳の時点で野球を職業に選んだ少年

桑田真澄、11歳の時の話。

桑田の親父というのはどうにも仕事が長続きせず、
そのくせ息子には異様に野球ばっかやらせて学校にはろくに通わせないDQNだった。

自分はだらしないくせに家族のことは野球以外では
まったく省みない夫との生活に疲れた桑田母が とうとう、

当時まだ小学生の桑田に「お父さんと離婚しようと思う」と打ち明けた。

その時の桑田の言葉

「お母さん、それでも僕は野球がしたい。だから、僕が、お母さんを養えるようになるまで待って」 と言ったそうだ。

桑田母は今でもこの言葉が忘れられないのだそうだ。

桑田が所属するPL学院は遠征費など年間で100万円前後かかるそうだ。

この言葉で、 母ちゃんが自分の実家筋から借金して賄っていて
3年間で数百万円になったものの、プロ入り時の契約金で熨斗をつけて返済したとか。
桑田真澄の少年らしからぬ並々ならぬ想いで出た言葉。
彼の努力の影には野球で稼ぐしかないという気持ちがあたのではないだろうか。

 

>感動する話まとめ

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong>